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日本サルトル学会会報 第35号 [会報]

研究例会の報告

第30回研究例会が以下の通り開催されましたのでご報告申し上げます。

日時 : 12月15日(土) 14:00~17:00
会場 : 立教大学(池袋キャンパス)四号館 4405教室


研究発表1
 「『バリオナ』のミステール」
 発表者:翠川博之(東北大学)
 司会 :岡村雅史(関西学院大学)

 当学会で以前『キーン』を取り上げられた発表者は、数多くのサルトル劇を扱った後、最初の戯曲『バリオナ』に目を向ける。以下がその発表の主旨である。
 この劇の創作は「集団」「抵抗運動」「状況」「呼びかけ」といった戦後サルトル文学の起点ともなっている。にも拘らずこの劇がその後上演されず、作者によっても芸術的に「不出来」だとみなされ、認知されず、恰も私生児のごとき扱いを受けたのはなぜか。作者の日記やノートを参照しつつ、この戯曲のテクストの精緻な分析から、その謎が明らかにされていく。上演されたのは第2次大戦中の捕虜収容所であり、ドイツ軍の目を欺くため、かつまた同じ捕虜の中にいた聖職者の共感を得る目的もあって、この劇作は聖史劇(ミステール)の体裁を装っているが、多重のメッセージを含み、また作品そのものへの否認も見られる。即ち実存主義思想を示す要素と、これに反する汎神論的要素の共存など、作品の内外に張り巡らされたディスクールが互いに否定し合うといった、一つの大きな回転装置(トゥルニケ)を成している。そのいくつかの点が作者の意に反するものと思われ、それがこの戯曲が認知されなかった理由と結論付けられる。しかしこの回転装置はサルトルの作品全般に通底するゆえ、『バリオナ』の重要性は見直されるべきと考えられる。
 以上がその概要であるが、これに対し会場では次のような活発な質疑応答がなされた。列挙すると1)まず発表者の研究によれば、主人公のバリオナの名の由来が<雷の子>の意味となっているが、これは聖書を調べれば誤りであるとのこと。ではなぜプレイヤード版にも載せられた時点でこれが指摘されなかったかという疑問が出たが、今の所は不明という回答。2)la chute dans le mondeの<世界における転落>という訳、<世界への転落>とも解せるのでは。3)『バリオナ』において他人を欺くと共に、自分も欺くサルトルは、この自己欺瞞に気づいていたのか?その点がこの作品に関しての自己嫌悪につながったのではないか。4)示された自由の意志は『存在と無』と同じか?『バリオナ』では責任はすべて人間にあると同時に神を肯定する。かかる2元論は乗越えられるべきとサルトルは考えるが、ここではその方向性が見えない。それゆえ、この劇は明確な志向がわかりにくく、テクスト中心に読み解く必要があろう。5)バリオナの出版事情はイスラエル建国とも関連があるのではないか。これは調査が必要。6)他の作品同様この劇でも多くの事物を比喩としてサルトルは使っているが、それらは『存在と無』を読まないと解読できないものも多く、どこまでが単なる作者の好みの比喩で、どれが象徴なのかの識別が必要ではないか。翠川氏は偶然とは思えない象徴としての事物の表現が多く、また、『バリオナ』と次の戯曲『蝿』では父性/母性、軽さ/重さを示す象徴は逆の使われ方をしていることも指摘。7)さらに事物の存在を示すil y aの多用というサルトルの文体的癖(と本人は、人から指摘を受けたと述懐)は、知覚された事物の絶対化、比喩による世界の所有につながっており、『嘔吐』にも見出される、等々。といった興味深い内容となった。会場の反応はかなり盛況であり、これは発表題目ミステールの言葉が示すその謎解きに発表者がわれわれを巧みに導いたためかと思われる。(岡村雅史)


 ワークショップ 
 サルトル研究近況
 モデレーター:澤田直(立教大学)

 モデレーターがフランスを中心としたサルトル研究の現状を簡単にサーベイ紹介した後、参加者たちが注目する近年の研究書などについて発言し、意見交換を行った。以下に紹介のあった本を挙げておく。
- Clotilde Leguil, Sartre avec Lacan : Corrélation antinomique, liaison dangereuse, Navarin, 2012.
- Aliocha Wald Lasowski, Jean-Paul Sartre, une introduction, Agora, 2011.
- Frédéric Fruteau, La psychologie des philosophes. De Bergson à Vernant, De Laclos, 2011.
- Guillaume Cassegrain, Tintoret, Hazan, 2010.
 なお、Arlette Elkaïm-Sartreの編集によるSituationsの新版の刊行が2010年から始まった。これは従来の版とは異なり、発表順にエッセーをまとめたもの。2012年12月に出版された第二巻には、これまで単行本未収録のアメリカに関する多くの新聞記事発表が収録されているとともに、「文学とは何か」が収められていないという点で、従来の版とはまったく相貌の異なるものとなっていることを付記しておく。(澤田直)


サルトル関連出版物

・ 清眞人『サルトルの誕生〔ニーチェの継承者にして対決者〕』、藤原書店、2012年12月。


事務局からのお願い

 例年通り、みなさまの論文などの情報をGESのBulletinに掲載させていただきたいと思います。ご希望の方は、お名前、論文タイトル、発表誌名、日付などをローマ字で記し、論文の仏訳名、雑誌の欧文名を添えて4月20日までに事務局までメールでお知らせくださいますようお願いいたします。

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