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日本サルトル学会会報 第66号 [会報]

研究例会のご報告
 第46回研究例会を下記の通り、オンラインで開催しましたのでご報告いたします。
 今回の研究例会では、昨年講談社学術文庫より翻訳が刊行されたサルトル『イマジネール』をめぐるミニ・シンポジウムが行われました。以下、報告文を掲載いたします。

ミニ・シンポジウム「『イマジネール』をめぐって」
日時:2020年12月19日(土)16:00 - 20:30
場所:zoom によるオンライン開催

・澤田直(立教大学)「サルトルのイメージ論:想像界と現実界 その境界はあるのか」
・水野浩二(札幌国際大学)「イメージは本当に貧しいのか」
・関大聡(東京大学大学院)「思考、言語、イメージ――サルトルの高等教育修了論文(1927)とその指導教官アンリ・ドラクロワ」

 2020年5月、コロナ禍のなかでL’imaginaireの新訳が『イマジネール 想像力の現象学的心理学』として講談社学術文庫より出版された。これはアルレット・エルカイム=サルトルの校訂のフォリオ版の完訳であり、アルレットの序文は初訳となり、訳注と訳者解説の充実も特筆される。今回はこの出版を記念して、インターネット上のZoom会議室でミニ・シンポジウムが開催され、翻訳者である澤田直・水野浩二両氏による発表と、先ごろヴァンサン・ド・コールビテール「イメージ、身体と精神の間で サルトルの高等教育修了論文」の翻訳を『レゾナンス』誌に掲載した関大聡氏の発表が行われた。澤田氏は東京から、水野氏は札幌から、関氏は留学中のパリからの参加となった。

 澤田直氏は、まず『イマジネール』が心理学研究の流れのうちに生まれつつ、イメージの問題のターニングポイントとなった著作であることを示す。それまでフランス哲学においてイメージは主要な問題点ではなかった。それに対して、心理学ではサルトルが取り上げる問題が活発に議論されていた。とりわけジョルジュ・デュマの監修した『心理学概論』および『心理学新概論』が多くの研究者を巻き込んで、多角的な研究成果を発表していた。澤田氏は、サルトルがこれらの知見を存分に利用しつつ、それを哲学の領域へと転換していた点に着目する。それは知覚とイメージを峻別し、知覚を実在的な定立作用、イメージを非実在的な定立作用として考えることによる。従来の心理学的アプローチから離れて、より包括的な視座からなされた主張は、同時代のブランショ、レヴィナス、メルロ=ポンティ、そして後に続く哲学者、文学者たちの反応を呼び起こすことになった。19世紀においてフランスの哲学者たちはイメージの問題を扱わず、もっぱら詩人、文学者たちの領分であった。これはプラトン以来の哲学がロゴスを中心とし、イメージを排除してきたからである。
 こうした明快な見取り図の提示のあとで澤田氏は、知覚と想像の二分法とは何かという問いに議論を進める。Présence、absenceと定立の問題が結びつくことで生じた現実界と想像界の対立は果たして、適切だろうかという問いである。澤田氏はその違和感を口にし、サルトルのイマジネール論がこの後十全な展開が続かなかったのは、サルトル自身が知覚とイメージでの二元論では十分ではないとうすうす感じていたためではないか、という考えを開陳する。
 ここで言及されるのは、サルトルが晩年に「イマジネール」の問題を取り上げなおした『家の馬鹿息子』における「脱現実化」であり、最初期の1927年の高等教育修了論文『心的生活におけるイメージ』に登場する「多重知覚」surperceptionである。後者は澤田氏によれば、写真の二重露出に似て、一つの知覚が別のものを喚起し、二重化するものであり、これと似たものが、『イマジネール』の物まねについての記述にあるとする。確かに物まねにおいては、「完全な知覚でも完全なイメージでもないハイブリッドな状態」(p.93)が生じるとあり、精査に値する。知覚と想像の峻別という『イマジネール』の根本問題に外部の視点からの批判でなく、サルトル自身の思考に即して訳者が言及した意義は大きい。この峻別の再検討という問いはここに口火を切られ、今回のシンポジウムを通して繰り返し言及されていくことになった。

 水野浩二氏は、イメージの貧しさをキーワードとして論じた。イメージの「本質的貧しさ」という表現は、サルトルのイメージ論をネガティヴに評価する人たちによって好んで使われてきたものであるが、水野氏はその表現を俎上にのせ、明快な議論によって誤解を解いていく。
 まずこの表現がでてくるのは、ひとはイメージとしてのパンテオンの柱の数を数えることはできないというアランの発言である。サルトルはこれを引いて、イメージの準観察という特徴を説明している。水野氏はイメージの本質的貧しさはイメージの対象の貧しさのことであり、イメージの対象が貧しいのはイメージの素材が貧しいからであるとまとめる。一方、意識の作用としてイメージを見るならば、そこには自発性があり、非現実的なもの、想像的なものを志向する人間の自由を認めることができ、豊かなものとして理解できることになる。
 以上を踏まえて、水野氏は、ご自身が訳されたフランソワ・ダゴニェの『イメージの哲学』(法政大学出版局)の議論を参照しつつプラトン主義との関係について論を進める。ダゴニェはサルトルをプラトン主義に陥っていると批判する。イメージから正確で新しい情報が得られないのは、サルトルがイメージを現実の影とみているからで、これこそプラトン主義の証左であると。これに対し、水野氏はサルトルの画家の制作に関する記述が、プラトン主義批判になっているという。サルトルによれば画家は物質的なアナロゴンを作るだけであり、先に自分の心的イメージがあり、それを絵画化しているのではないのだから。
 最後に水野氏は、イメージの語義の曖昧さにもどり、意識の作用としての側面と図像という側面をサルトル自身が意識し、利用していることを指摘した。

 関大聡氏は、1927年、サルトルが高等師範学校在学時に執筆し、2018年にÉtudes sartriennes誌に掲載された『心的生活におけるイメージ 役割と本性』という研究の最前線の資料を扱った。しかし単なる紹介ではなく、サルトルが指導教官アンリ・ドラクロワの著作『言語と思考』を精読していることを示し、その影響と離反を1927年論文と『イマジネール』におけるイメージと思考に関する記述の変化に探るという野心的なもので、パワーポイントを駆使しつつ圧倒的な情報量と緻密な議論によって聴衆を魅了した。
 関氏は、まずこの時期のサルトルに言語に関する関心の薄さを指摘し、その理由としてドラクロワの「言語なき思考は存在しない」をずらした「イメージなき思考は存在しない」という主張によって、イメージ論のうちに言語論は回収されてしまったのではないかと考える。この主張は新カント派に対する、思考のイメージ的豊かさの強調であり、イメージを言語に対して優位におくものであった。だがこの主張は、1940年の著書では放棄されたとする。関氏によれば、『イマジネール』の心的イメージの準観察という特徴からは、イメージ自体が知であって、思考の道具になるものではないことが導き出せる。これを関氏はイメージ的知と呼ぶ。その一方、サルトルはイメージを欠いた純粋な知、いいかえると関係性の意識が存在することを明言しており、よって2種の知が存在する。
 さらに関氏は、ドラクロワではイメージは言語より劣った思考の道具としてとらえられており、逆の主張のサルトルはドラクロワの言語論を援用しつつ変形していると指摘し、ここに裏切りの師弟関係という人間ドラマを重ねた。この師弟関係の提示は多くの聴講者にとって意表を突くものであっただろう。影響としては、当時サルトルがドラクロワの著作からソシュールについて知識を得ていた可能性、単語よりも文を重視するドラクロワの言語論の継承が指摘された。

 この後、発表者間の応答に加え、参加者からも『イマジネール』の深い理解に基づく高度で鋭角的な質問が続き、シンポジウムは非常に充実したものとなり、最終的には4時間を越えるものとなった。また今回は会員外の聴講も多く、30名を超える参加者があった。
(報告:黒川学)


理事会からのお知らせ
・日本サルトル学会では、研究発表・ワークショップ企画を随時募集しています。発表をご希望の方は、下記のメールアドレスにご連絡下さい。なお例会は例年7月と12月に開催しています。次回例会は、2021年7月に、生方淳子著『戦場の哲学――「存在と無」に見るサルトルのレジスタンス』の合評会を予定しております。オンラインか、オンサイト(立教大学)か、ハイブリッドかは、今後の状況などを勘案して決定いたします。
・会報が住所違いで返送されてくるケースが増えています。会員の方で住所、メールアドレスが変更になった方は、学会事務局までご連絡ください。なお、会報はメールでもお送りしています。会報の郵送停止を希望される方は、事務局までご連絡ください。

以上
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「墓場なき死者」上演のお知らせ [演劇]

「墓場なき死者」が1月31日から東京の下北沢で上演されるとのことで、お知らせします。
劇団公式サイトhttp://www5d.biglobe.ne.jp/~cottone/mss/index.html
チケット予約ページhttp://www5d.biglobe.ne.jp/~cottone/form_elegy/index.html

オフィスコットーネプロデュース
第31回下北沢演劇祭参加作品
「墓場なき死者」
翻訳:岩切正一郎
演出:稲葉賀恵(文学座)
プロデューサー:綿貫凜
2021年1月31日~2月11日 駅前劇場
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