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日本サルトル学会会報第24号 [会報]

Bulletin de l'Association Japonaise d’Etudes Sartriennes N°24 septembre 2009
日本サルトル学会会報              第24号 2009年 9月




研究例会の報告

第23回研究例会が、英国芸術人文科学研究会議(AHRC)の助成による国際シンポジウムの形で開催されましたので、ご報告申し上げます。

日時 : 2009年7月4日(土曜日)13:00~17:00
場所 : 立教大学(池袋キャンパス)14号館D21教室
国際シンポジウム「後期サルトルの諸相」
司会 : 前半:鈴木正道(法政大学)、後半:澤田直(立教大学)
報告者 : 竹本研史(東京大学大学院)、ベネディクト・オードナヒュー(サセックス大学)、フランソワ・ヌーデルマン(パリ第8大学)、ジャン=ピエール・ブレ(ノッティンガム・トレント大学)

1.竹本研史 : 「自由と友愛:サルトルにおける『溶融集団』をめぐって」
『弁証法的理性批判』で提示されたサルトルの「溶融集団」の概念を軸に、サルトルの同胞愛(fraternité)論が、デリダの友愛(amitié)論との比較で検討された。まず、『批判』における集団概念の発展が、サルトルの論理に即して入念に後づけられ、溶融集団がサルトル的自由にとっての特権的場であることが確認される。その上で竹本氏は、溶融集団もまた、それ以降の変質した集団にとっての紐帯である「同胞愛(fraternité)」に基づいており、サルトル的な集団の論理が排他的なものであること、「国民」をはじめとする近代社会の論理に通底するものであることを、批判的に指摘した。最後にデリダとの比較が行なわれ、多元性に基づいたデリダの友愛(amitié)論はサルトルの排他的な論理と異なって、他者を受け入れる素地があり、集団を多元的共同体へと開いていくことが可能なものであることが示唆された。
質疑では、サルトルにおける友愛概念は、必ずしも同胞愛=恐怖(fraternité-terreur)に還元されるものではなく、デリダと近い点もあるのではないかという異論が寄せられた。また、サルトル自身の人間関係のあり方、とりわけ女性関係や性の問題について、あるいは『弁証法的理性批判』とそれ以後のサルトル哲学の連続性についてなど、幅広い議論が行われ、以降のシンポジウム全体を活気づけることとなった。

2.ベネディクト・オードナヒュー : 「今日、知識人と何か? サルトルの日本講演『知識人の擁護』を再考する」
1966年に日本で三回に分けて行われたサルトルの講演「知識人の擁護」を軸に、現代における知識人のあり方について検討がなされた。オードナヒュー氏は「知識人の擁護」を中心に、知識人としてのサルトルの存在、またサルトルによる知識人の定義を追った上で、現代の知識人の代表としてバラク・オバマと村上春樹という具体例を取り上げ、それぞれの知識人としてのあり方を議論した。オバマについては、自伝による文筆家としての成功、法曹関係の実践知の領域にいたこと、またその出自、人種、宗教などの点で内的矛盾を抱えていることなど、サルトルの知識人像を典型的に体現していることが論じられた。しかし同時に、サルコジが引き合いに出され、知識人と政治的人間との両立が困難であることも指摘された。村上春樹については、『アンダーグラウンド』を中心に、地下鉄サリン事件に対する彼の姿勢が議論され、作家は知識人たりうるかというサルトルの問いに対して、今日なお作家は十分に知識人でありうることが主張された。
知識人と政治家の両立に関しては、先進国では困難になっているが、第三世界においては作家が大統領になる例なども多く、必ずしも相容れないものではないという指摘がフロアからなされた。また、知識人はただ特殊な知の持ち主であるだけでなく、アンガジュマンを行なう者であるという意見が出された。この点については、後期サルトルではアンガジュマンという用語は徐々に影が薄くなっていくが、「単独的‐普遍者」というより広範な概念にアンガジュマン論自体が包括されていったのではないかという意見も提出された。また、鈴木道彦氏(獨協大学名誉教授)によって、1966年にサルトルが来日した当時の経験が語られるという貴重な機会があったことを、特に付け加えておきたい。

3.フランソワ・ヌーデルマン : 「時間利用のポリティックス」
ヌーデルマン氏は、サルトルの生に即して、時間性がどのように分節されるかという問題を扱った。その際に力点が置かれるのは、サルトルにおける「生(vie)」と「実存(existence)」という二つの概念の、相互に絡み合う弁証法である。一方でサルトルは、自伝である『言葉』に代表されるように、常に彼自身の人生について意識的、意図的に語り続けた。しかし他方で、サルトルの生には常に、サルトル自身によってコントロールされた語りから逸脱していく要素が数多くあった。それは、音楽体験などに示される、サルトルの生の「非‐言語的(non-verbal)」な側面として特徴づけられる。言語的と非‐言語的、この二つの側面が、サルトルの生における二つの時間性として拮抗しあっていたことを氏は論ずる。サルトルの時間利用のあり方をより詳細に検討すれば、サルトル自身によって意図的に構築された生についてのナラティヴの時間性とは異なった時間性が見出されるであろうことが示唆された。
質疑の際には、ヌーデルマン氏が見積もる以上に、サルトルは非‐言語的な体験を重要視し、自らの哲学にも取り込んでいたのではないかという意見が出された。その例は、『自我の超越』における、コントロールを逸脱していく意識の自発性などに見られる。また、竹本氏の発表とも関連して、サルトルにおける生成の概念についてどのように考えるべきかという質問も寄せられた。ヌーデルマン氏は、サルトルにとって共同体ないし集団は常に生成の運動の中で考えられているとし、生成概念がサルトルを理解するひとつの鍵となることを示唆した。また異なった観点からは、サルトルにおける明晰性の問題が議論された。一方でサルトルは明晰性を重視した哲学者でありながら、他方で後期には過剰なアルコールや薬物の摂取を行なっていた。これについてヌーデルマン氏は、サルトルの分裂的傾向を指摘した上で、薬物の摂取はサルトルにとって、思考の時間性と執筆の時間性を一致させるための手段だったのではないかと述べた。


4.ジャン=ピエール・ブレ : 「サルトルと男たち」
ここでは、サルトルと男性との人間関係の問題が論ぜられた。ブレ氏は、サルトルと男性の関係のさまざまな側面と変遷を、義父やニザン、カミュといったいくつかの具体例に即して追っていった。サルトルは、彼を取り巻く周囲の男たちとの人間関係を、一方では暴力に基づいた不快な紐帯と見なし、他方で場合によっては、堅固で、情動的で、しばしば性的でさえある本来的友情と見なしていたということが述べられた。例えば、奇妙な戦争の最中にサルトルが軍に動員されていたときに、サルトルは周囲の兵士たちとの関係に違和を感じていたが、ピエテールという同僚兵士には魅了されていたと、ブレ氏は指摘する。男性関係の裏面でもある女性関係をも考慮に入れつつ、ブレ氏はこのようなサルトルと男性との関係の両義性を詳細に論じた。
質疑においては、サルトルには明瞭な同性嫌悪の傾向があるのではないかという意見が出され、またサルトルの人間関係は、男性に対してのものと女性に対してのものというはっきりと区別される切断線によって大別できるわけではなく、しばしばサルトルと別の男女とを含む三角関係が形成されていたことが指摘された。サルトルの著作、ないし彼のパーソナリティにはときとして、男性的とも女性的とも両断できないアイデンティティが現れるという意見も出された。このような両義性、男性的な人格の女性化、サルトルにおける男性的なものと女性的なものとの決定不能性について、ブレ氏も同意し、サルトルの作品、ないし生における、アイデンティティの流動性とでも呼ぶべきものが認められるということが指摘された。サルトルの女性関係、男性関係という問いは、当初から繰り返し俎上に上ってきた話題であるということもあり、シンポジウムを締めくくるにふさわしい豊かな議論が行われた。
(報告 池渕泰正)

シンポジウムのお知らせ

 10月9日(金)に、東北大学において、会員の翠川博之さんが企画された、サルトルを主題とするシンポジウムが行われます。翠川さんからのご案内文です。

シンポジウム「サルトルのモラル論 人間・他者・歴史をめぐって」
開催のご案内

 初秋の候、皆様にはいよいよご清祥にお過ごしのこととお慶び申し上げます。
 さて、この度、当研究室におきましてシンポジウム「サルトルのモラル論 人間・他者・歴史をめぐって」を開催することとなりましたので、ここにご案内を申し上げます。
サルトル学会でもお馴染の方々をゲストにお迎えいたしました。皆様のご来聴、ご参加を心よりお待ち申し上げております。

東北大学大学院文学研究科
フランス語学フランス文学研究室
翠川博之 himidori@sal.tohoku.ac.jp
*********************************
  記
 
シンポジウム
サルトルのモラル論 人間・他者・歴史をめぐって
2009年10月9日(金)13 :00~18 :00
東北大学川内北キャンパス マルチメディア教育研究棟6F大ホール
(会費無料)
※プログラム、発表要旨、アクセスなどの詳細は下記のサイトをご参照ください。
http://www.sal.tohoku.ac.jp/French/activite/sartre/programme.pdf

 以下の四氏の研究発表があります。
・ 澤田 直(立教大学): サルトルにおける homme の問題を考える─人間、男、そして女 
・ 竹本研史(東京大学大学院): 祈りから呼びかけへ─サルトルのモラル論における祈りをめぐって
・ 水野浩二(札幌国際大学): サルトルの「具体的倫理」について 
・ 翠川博之(東北大学): 倫理のパラドクスと回転装置 
 詳細については、日本サルトル学会のブログ(http://ajes.blog.so-net.ne.jp/2009-09-09-2)にも掲載いたしましたのでご覧ください。

研究例会のお知らせ

次回の例会を、12月5日(土)に大阪で開催します。『倫理学ノート』ワークショップ第二回を行います。コーディネーターは生方淳子氏です。詳細については次号の会報にてお知らせします。

第24回例会
日時:12月5日(土)14:00~
場所:関西学院大学梅田キャンパス1005号室(10階)


日本サルトル学会  AJES  Association Japonaise d’Etudes Sartriennes
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