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第41回研究例会 加藤誠之氏発表要旨 [研究例会のお知らせ]

7月7日に開催される第41回研究例会(13 :30~ 立教大学 5号館5306教室)の、加藤誠之氏(高知大学)の発表要旨です。
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日本サルトル学会第41回研究例会発表「思春期危機と自我体験―『存在と無』の思索を手がかりとして―」

高知大学教育学部 加藤 誠之  

1 発表者の自己紹介
大学院博士課程(教育学)を満期退学して法務省に入省し,法務教官・保護観察官として非行少年・犯罪者の処遇に携わる。現在は高知大学教育学部で生徒指導論を担当している。

2 不登校に関する先行研究
不登校に関する研究は,米国では1920~1930年代,日本では1950~1960年代に始まった。米国でも日本でも,不登校の原因は周囲の者にも本人にも分からないと言われてきた。

*はっきりした原因のない不登校の子どもたちの体験談
 [不登校の]理由は?と聞かれると,はっきりした答がみつからない。つまり,いじめにあったとか,先生がすぐ殴るとか,というような事はなかった。ただなんとなく…という,なんとも言えない感じだった(渡辺位編著,『登校拒否―学校に行かないで生きる―』,太郎次郎社,1983,p.35)。

先生が,悪かった理由(わけ)でもなく,友達が悪かった理由でもなくて,イジメを受けたこともない。でも学校が嫌いになったことは,確かでした。嫌いになった理由は,自分でもよくはっきりしないので,話すことは,できません(石川憲彦・内田良子・山下英三郎編,『子どもたちが語る登校拒否―402人のメッセージ―』,世織書房,1993,p.446)。
しかし,はっきりした原因のない不登校の子どもたちの体験談を丁寧に検討すると,あるとき,今まで慣れ親しんでいた学校で急に安心できなくなったという経験が隠れている。

*学校で急に安心できなくなった不登校の子どもたちの体験談
…(前略)学校では教室のなかにいると,窒息しそうになるんですね。ほとんど発狂しそうな感じで,叫びたくなって外に出るんです。休み時間でも,授業中でも,給食のときでも,それが襲ってきて,それを間一髪のところで耐えてきたんです。牢獄に閉じ込められ,自分が全部否定されている感じなんですね。これが直接の原因かどうか自分にもはっきりわからないんですけれど,登校拒否をする前の何か月間か,そういう気持ちがつねにありました(渡辺,前掲書,p.35)。
生越達によれば,不登校の子どもたちのこうした経験は,ハイデッガーの言う不安(Angst)に近い(生越達,「先行研究に基づく登校拒否児の現象学的研究の試み」,東京大学教育学部教育方法学研究室『学ぶと教えるの現象学研究**』,1989)。ハイデッガーによれば,恐怖の対象(Wovor)は世界内部的に出会われるものである。人間は世界の内にあるとき,自分を脅かす何らかの存在者に出会って恐怖(Furcht)を覚える。他方,不安の対象は世界内部的な存在者ではなく,胸を締め付け(beengen)息をふさぐ(den Atem verschlagen)ほど近いにもかかわらず何でもなく,どこにもない。不安の対象は世界自体(die Welt als solche)である。人間は不安を覚えているとき,世界との日常的な慣れ親しみを失って不気味さ(Unheimlichkeit)・居心地の悪さ(Un-zuhause)を覚えているのである。
では,不登校の子どもたちは,なぜ或る日突然,今まで慣れ親しんでいた学校を中心とする世界に不気味さ・居心地の悪さを覚えるのであろうか?この問題については,ドイツ青年心理学で言う自我体験(Ich-Erlebnis)が深くかかわっていると考えられる。

3 不登校と自我体験
(1)自我体験の事例(ルドルフ・フォン・デリウスの事例)
私はおよそ12歳になっていた。私は非常に早くめざめた。…(中略)…私は起き上がり,振り向いて膝をついたまま外の樹々の葉をじっと見た。この瞬間,私は自我を体験した。すべてが私から離れ,私は突然孤独になったように感じた。妙に浮かんでいるような感じ。そして,同時に自らに対する不思議な問い―お前はルディ・デリウスか。お前は友達にそう呼ばれているその人なのか。学校で一定の名前を持ち,一定の評価を得ているその人なのか。私の中の第二の自我がここで全く対象的に名称として作用するもう一つの自我に向かい合った。それは,あたかも今まで無意識的にそれと一体をなして生きてきた周囲の環境からの,ほとんど肉体的に作用する分離のような何かであった。私は突然自分を個として,取り出されたものとして感じた。…(中略)…私はそのとき,何か永遠に意味深いことが私の内部に起ったのをぼんやり予感した…(中略)…血のつながりを持った古い自然―父や兄弟という概念―が突然何の意味も持たなくなった。そして深く束縛する力を持った故郷も離れ落ち,はぎとられた皮膚のように下に横たわった。―自我は自由となり,解放され,漂い,自足した(後略)…(Delius, R. v., Schöpfertum2, Otto Reichl Verlag, Darmstadt, 1922, S.24f)。
(2)自我体験の本質(その1)―反省的意識の成立―
私は自分の未来の可能性に向けて現在の自分を超出していくとき,世界の内で出会われる即自存在=事物を,当該可能性を実現するためにしかじかの仕方で利用されるべき道具として見出している。こうした道具は対自存在を帰趨中心として,他の道具を無限に指し示す道具複合を形成する。この道具複合こそ私にとっての世界である。確かに,意識は対自存在であり,道具は即自存在である。この両者は別の存在領域に属しており,相互に影響を及ぼし得ないはずである。しかし,サルトルによれば,「身体は意識がそれを存在する(être)ところのものである」(サルトルは『存在と無』で,「AとBとは無によって切り離されているにもかかわらず,なおも同一の存在を構成している」と言おうとするとき,être又はexisterをイタリックで表記し,A est B又はA existe Bという形で他動詞として用いている)。意識は,身体とは別の存在領域に属しているにもかかわらず,なおも身体と同一の存在を構成しているゆえ,身体をもって道具を利用し得るのである。
私は対自存在であるにもかかわらず,即自存在である身体を存在しており,自らを道具複合に挿入している。私はこのとき,世界の帰趨中心という特権的な地位を占めているとは言え,やはり一つの道具として世界の内に組み込まれ,世界と一体化(s’identifier)している。
特に,思春期以前の子どもたちは,普段の生活の中でも,事物及びその総体としての世界を,あたかも自分の身体と溶け合って一体化しているかのようにとらえている。
しかし,子どもたちは思春期を迎えると,意識の無化作用によって自らの意識と自らの身体との間に無を導き入れてこの両者を分離し,自分を対象としてとらえる「意識としての自分」と,自分によって対象としてとらえられる「身体としての自分」との分離を経験する。
(3)自我体験の本質(その2)―対他存在の成立と他有化された世界の出現―
また,私は世界の内で他者と出会っている。私はこのとき,他者は私と同じ対自存在であることを理解している。ただし,思春期以前の子どもたちは,自らを対象としてとらえる反省的意識の成立を経験していない。それゆえ,彼らは或る対自存在によって対象としてとらえられるという事態を知らず,自らを対象としてとらえる他者の主体性も,他者によって対象としてとらえられる自分の対象性も知らない。しかし,彼らは思春期を迎え,反省的意識の成立を経験するとき,他の対自存在にとっての対象になる可能性を意識するようになる。それゆえ,彼らは他者によって対象としてとらえられ,他者の世界の内で他者によって道具として利用される自分の身体,すなわち,自分の対他的身体を意識するようになるのである。
しかも,彼らはこのとき,他者の身体と他人の意識も分離し,身体と切り離された意識としての他者を見出すようになる。こうした他者は身体を欠いているゆえ,私によって対象化されないまま私を一方的に対象化する純粋なまなざし(regard)として立ち現れる。
彼らはこうした他者と出会うとき,当該他者によって一方的に対象化されて世界の帰趨中心としての立場を奪われ,他者を帰趨中心とする世界の内で,他者によって利用される道具に失墜する危険に直面する。このとき,私を帰趨中心とする世界は解体し,他者を帰趨中心とする世界に再統合されている。彼らはこうした事態を経験するとき,身体的感覚さえ伴う生々しい仕方で,世界と自分との分離を経験する。また,彼らはこのとき,世界の内で出会われる道具を,自分の可能性を実現するための道具として見出せなくなる。それゆえ,彼らは,無限の道具複合としての世界を,今までの慣れ親しみを失ったよそよそしい世界として見出し,当該世界の内で不気味さ・居心地の悪さを覚えずにいられなくなるのである。

*サルトル『存在と無』の一節
 [他者によって]見られることは,私を私の自由ではない自由に対して無防備な存在として構成する。我々が他者に現れる限りにおいて自分を《奴隷(esclave)》と見なすことができるのは,この意味においてである(L'être et le néant, TEL, 1996, pp.306-307)。
*不登校の子どもたちの経験
 ぼくにとって学校は,けいむ所のような所だと思う。/ 自分の考えを先生に言ったり,行動することができるのは先生たちとクラスのボスだけだろう。つまり学校はさせられる所だ。/ ぼくが一番自由な所は,自分の家くらいだ。学校が家みたいに,自分の意見がはっきり言える場所だったら,ぼくは今でもはりきって学校に行っていただろう(石川他,前掲書,p.290)。

 わしが学校[=高校]に入ってから10日めから5カ月後まで,毎朝,校門を潜る度に思ったことがある。それは「ヨハネの黙示録」だったと思うが「ここに来る者,すべての望みを捨てよ」ということだ。…(中略)…/ だが,[学校には]刑務所とは,違う所もある。「家に帰れる」という自由があることだ。授業が終わるとその時,決まって一番に,わしは,門から抜け出していた(石川他,前掲書,p.747)。
4 不登校からの立ち直り
(1) 他有化された世界の取り戻し
ただし,この世界は,任意の誰かの集合体である「みんな(tout le monde)」によって生きられている共同世界であり,「みんな」によって実現されるべき出来合の平均的な可能性=「みんな」の可能性で満たされている。それゆえ,この世界は,「みんな」の可能性を実現するために利用される無限の道具複合=「みんな」の世界である。我々は世界の内にあるとき,「みんな」の可能性を追求し,お互いを「みんな」の可能性を実現するために利用される道具に失墜させ合っている。このことこそ,私と他者との間に成り立つ真の相互性である。不登校児童・生徒は他ならぬ自分を,他者と共にお互いを道具に失墜させ合いつつ「みんな」の可能性を追求している「みんな」の一人として見出せるようになるとき,「みんな」の世界を自分の世界として見出せるようになる。一言で言えば,彼らは「みんな」の中に自分を失うことによって,世界を再び慣れ親しみのある自分の世界として取り戻すのである。

*竹内常一『子どもの自分くずしと自分づくり』の一節
班ノートの方では,彼女は「やっぱり私が学校に行かなくては,行きたいなあーと思うには,そう思う心の中には,皆さんが私の中にいつもそれなりに影を落としています」といっている。こうした言葉は,自分の中に人を入れることのなかった登校拒否児が,立ちなおるときによくいう言葉でもある(竹内常一,『子どもの自分くずしと自分づくり』,東京大学出版会,1987 ,p.79)。
*横湯園子,『登校拒否』(改訂新版),あゆみ出版,1991の一節
いままでは自分の中に人をいれなかったが,いまはちがう。皆自分とは違う生い立ちを持ち,違う考えをもって生きている。でも,同一目標を持った時には同一行動がとれるんだという信頼を持てるようになった(後略)…(横湯園子,『登校拒否』(改訂新版),あゆみ出版,1991,pp.231~232)。
(2)不登校児童・生徒の罪責感
 ただし,私は他者によって利用される道具になることを受け入れるとき,ハイデッガーの言う道具の存在構造である「有用性(Dienlichkeit)」によって評価される存在になることを受け入れなければならない。しかし,不登校児童・生徒は学校に通えていないゆえ,学歴中心主義的な現代日本の社会では,有用性を実現していない存在と見なされる。それゆえ,彼らは日常生活の中で,自分が他者によって厳しく非難されているのではないかという罪責感を逃れられなくなる。

*不登校児童・生徒の罪責感の例
私が学校に行かなくなったのは小学3年生のときです。そのころは自分でも学校に行かないことは悪いことだと思っていて,そとにでるとまわりの人がみんなへんな目でみてくるような気がして,そとにもでられませんでした。あとむこうからくる人の話していることが自分のことを,いっているようなきがして,しらない人とあうのもいやでした(後略)…(石川他,前掲書,pp.426~427)。
(3)不登校児童・生徒の「悪い子」の演技
 不登校児童・生徒はこの罪責感を逃れるため,学歴中心主義的な現代日本の社会で有用性を実現している存在=「よい子」の在り方に固執し,この在り方を強迫的に実現しようとする。それゆえ,彼らは,本来は他の在り方も選択し得る自由を意識の奥底に埋葬し,「よい子」という価値の偽物論的(chosist)な実体化の内に安住する「生まじめな精神(l'esprit de sérieux)」を選択する。確かに,この在り方は,現実社会で適応していく上で必要である。ただし,この在り方は,人間であること自体と区別し得ない自由を否定する在り方であり,自分の人間性を否定するに等しい在り方である。彼らはこの在り方を乗り越えようとするとき,時として,信頼できる他者の前で,敢えて逸脱的な遊び(jeu)を演じてみせる。

*遊びに関するサルトルの考察
実際に,遊びは,人間がその第一義的な起源である活動でなく,人間が自分をその原理として立てる活動でなく,この原理に従ってのみその帰結を得る活動でなかったとすれば,いったい何であろうか。人間が自分を自由な者としてとらえ,自分の自由を行使しようとするや否や…(中略)…彼の活動は遊び的になる。実際に,彼はその活動の第一義的な原理である(後略)…(L'être et le néant, TEL, 1996, p.626.)。
 特に,非行は,本質上,自由を追求する遊びである。非行はこの点で,常に何らかの目的(営利,感情(主に忿懣,怨恨,痴情)の満足,政治的要求の達成等)を追求する手段である犯罪とは異なっている。それゆえ,不登校児童・生徒は時として,軽微な非行傾向のあるヤンチャな児童・生徒との付き合いの中で逸脱的な遊びを学び,他者の前で自分の自由を主張することを学んで,自分の自由を否定する「よい子」の在り方から自分を解放していく。

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